2014年12月30日

佐藤由紀彦と言う名の一振りの刀

 年が変る前に書いておきたいなと思ったので・・

 発売中のJ2マガジン1月で佐藤由紀彦君のインタビューを書かせてもらった。
Twitterで書いた通り、”プロアスリート佐藤由紀彦の引退”については、
僕よりももっと深く書けるライターがいると思うので、
J2マガジンでは僕にしか書けない・・”長崎での佐藤由紀彦の引退”として話を聞かせてもらった。
2時間弱、マンツーマンで聞いておきたかった事を聞く事が出来て本当に良い仕事をさせてもらったと思う。
なので、彼の想いであるとか、辿ってきた道についてはJ2マガジンを読んで貰うとして、
こちらでは僕が見て感じていた長崎での佐藤由紀彦君について・・。

 「由紀彦君のイメージは?」と誰かに問われれば、僕は間を置かず「日本刀」と答えるだろう。
しなやかで、強く、無骨で・・それでいて美しい輝きを放つ白刃が彼だった。
「東京のベッカム」「ハマのプリンス」そんな華美な装飾が施された鞘に納まっていても、
刃そのものはいつもギラギラと輝き続けていた。

 清商、清水、山形、FC東京、横浜Fマリノス、柏、仙台・・そして長崎。
チームや環境が変わるたびに彼は己を磨き研ぎ続けた。
それぞれのチームや街、時代に合わせて、自分が大好きなサッカーでより高みに行く為に、
己と言う刀を、より研ぎ澄まし、刃の反り一つにこだわり、悩み、打ち直し、
一つの正解に辿り着いては、次を求め、そこに辿り着いては、また次へ・・。
刃の厚さ、柄の長さ、刀の抜き方、動かし方・・
他人から見れば「ここまで?!」と思うような細部まで徹底的に追求し続ける。

 プロというものに強いこだわりはあったし、Jリーグへも強い想いもあったろう。
だが、それ以上にサッカーというモノへの気持ちが強すぎたからこそ、
JFLだろうが、昇格断念だろうが・・
自分という刀を高める事に没頭して乗り越えることが出来てのではなかったか?
同時にサッカーへの気持ちが強かったからこそ彼は苦しんだ事も多かったろう。
名誉や金のためなら、ベガルタ仙台を退団したあと、スパっと身を引いて、
解説者や評論家にでもなれば良かったし、指導者の道ももっと早くスタートを切れたろう。
でも、彼はそれを出来ず・・ひたすらサッカーへむき合い続けた。
恐らく、本人は(そんな求道者じゃないよ、俺)と笑うだろう。
彼にとっては好きな事を諦めきれず続けてきただけなのだろうから・・。

 20年以上に渡って研ぎ続けた刀身は、
もうこれ以上ない程に薄く、細くなってしまったに違いない。
そして、今までのように研ぎ続けるには難しいほどになり・・。
そして、ついに彼は刀を置いた。

 長崎には一振りの刀があった。
その刀ははかないほどに薄いがしなやかで、折れそうな程に細いが鋭く強い。
磨き上げられた刀身はとても美しいが、決して消えない歴戦の磨耗の跡がある。
そして、だからこそ、とてつもなく美しく、その輝きは沢山の人を魅了した。
今、その刀は長崎フットボールと言う大地に深く深く突き刺さっている。
それがまた抜かれる時はいつか?どこか?
長崎で王道を歩んだ、かつてプリンスと呼ばれた男・・
君は次はどこで、どんな風にボールを蹴りますか?




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Posted by 藤原 裕久(KLM)  at 10:30 │Comments(0)V・V長崎日記・コラム・つぶやきその他フットボール

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