2014年01月06日

今更ながら有光君のことを

 年が明けて2014年。
今更ながら有光君と松橋君の事を書こうと思う。
やはりこの2人については思い入れがあるので書かないで流せないなと・・。
だが、この2人については本当に書きたい事が多過ぎる。多過ぎて何を書けば良いのか・・。
とりあえず今日は有光君について・・

 加入初年度の有光君は中々サポーターの方を向かなかった。
シーズン最終戦でサポーターに向って笑顔で手を挙げた時に、
皆で「やっと、こっち向いた?」と皆で話した記憶がある。
どこかぶっきら棒で、気難し屋・・それが彼のイメージだった。

だが、実際の彼は若手の面倒見も良く、気遣いも細やかで、
ライターの端くれとして何度か助けて貰ったりもした。
現クラブスタッフの田上君が試合のミスで落ち込んでいる時に声をかけ慰めたも彼だし、
水永君がホンダロックを退社する際も、当時の監督に水永君の事を伝え入団の道を開いたのも彼。
2012年は佐藤君、河端君、中山君と共にチームリーダーとしてJFL昇格を引っ張り続けた。

 話を聞くといつも落ち着いた口調で静かに話してくれるが、人前でも本音を隠さない。
人と意見が違っていても隠さず・・
「藤原さんは◎◎でしょ?でも、俺は××ですよ」とハッキリ主張する。
だからと言って、違いを認めない訳じゃなく、
違いは違いと認識して変わらず接してくれる。

 恩讐、愛憎・・本当に長崎と有光君の間には色々あった。あり過ぎだったろう。
でも、これほど長く在籍し、これほど得点を挙げ、
これほど色んな経験が一緒に出来る選手は滅多に誕生しない筈。
クラブの歴史で20~30年に一人生まれるか生まれないかの選手。
・・僕らは本当に良い時代を経験出来た。

 引退発表の時、予想していたとは言え自分でも想像以上にショックを感じた。
余りに有光君が居る長崎が当たり前だったから、彼が居ない長崎を想像出来ない。
今もどこか不思議な感じだ。きっと練習場で居ない筈の彼をつい探してしまうのだろう。

 引退発表から数日後、ある席で有光君と一緒になる機会があった。
既報の通り、今後は佐世保でサッカー教室を開くと言う。
サッカー教室以外のビジネスプランなど有光君なりにしっかり考えていた。
「県北からJリーガーを出したい」
さっき、僕らは良い時代を経験出来たと書いたが少し訂正しよう。
今の子供は本当に良い時代を経験している・・
あの有光亮太が関わるサッカー教室が自分の街にあるのだから。

有光亮太 FW 13番
(V・VAREN長崎に所属しての全成績)
・189試合出場(歴代1位)
・87得点(歴代1位)
・25アシスト(歴代1位タイ)
・警告10


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Posted by 藤原 裕久(KLM)  at 17:43 │Comments(1)V・V長崎

この記事へのコメント
誰に何と言われようと、私にとってのマコトに勝手な“V.Varen♂”は岩本文昭、原田武男と… 有光亮太!(敬称略 ^^;)
Posted by らVら at 2014年01月07日 00:36
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