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Posted by のらんば長崎運営事務局  at 

2012年07月27日

阿部博一な夜

阿部博一が長崎に帰ってきた。

結婚して留学先の拠点を変える為の一時帰国。
忙しい合間を縫って長崎に顔を出してくれた。

阿部ちゃんが居た2008年~2010年というのは長崎にとって最も波の大きかった時代だ。
チーム4年目にしてようやく達成したJFL昇格の2008年
初めてのJFLと監督解任とJ昇格断念の2009年
佐野監督を迎えてチーム再構築に入る一方で2年連続J昇格断念に代表されるフロント迷走極まった2010年

阿部ちゃんの長崎のフットボールはずっとこの波乱に巻き込まれていた。
それがこうして長崎に笑って帰ってきてくれる。
沢山のファンが阿部ちゃんに会うために集る。
その数30名近く。結局、夕べのはち蔵は貸切になった。
どうしても都合のつかなかった人なども含めれば50は軽く行く。



半分本気で阿部ちゃんに
「CDを発売しよう!そんで握手券とか同封しよう。
 2ヶ月に1度くらい帰ってくると良いよ!」
と秋元康的プランを提案する。

現在、Team V-istでは選手実着の旧ユニフォームの販売事業を請け負っている。
一方、元選手の中には自分が身につけて戦ったユニフォームを1枚も持たない者もいる。
V-istではその選手が希望した場合、商品をV-istで正規値段で買い取ってプレゼントすると決めている。

そして渡した25番のユニフォーム。阿部ちゃんが久々に青の25番に袖を通した。



前に阿部ちゃんと別れる時に
(次に会う時に胸を張って会える自分でいたい)と思った。
この時、阿部ちゃんが握手しながら
「藤原さん・・もう・・Jに行きなさい(笑)行かなきゃです、絶対(笑)」と言ってくれた。

最後、皆で「またね」と阿部ちゃんを見送った。

阿部ちゃんは東京の子だが、長崎をとても大事に思ってくれる。
長崎のファンも阿部ちゃんをとても慕っている。

中田英寿と彼の最初の海外所属クラブがあるペルージャの街の間には
今も互いに特別な思い入れの絆がある。
マラドーナとナポリの間にも、クライフとカタルーニャの間にもそれはある。

そんな物が自分の街で感じられれるというのはとても幸せな事だ。
とても、とても幸せな事だ。  

Posted by 藤原 裕久(KLM)  at 23:02Comments(0)V・V長崎