2010年12月06日
2010 V・VAREN長崎ほんとうの最終節のこと
解雇となった選手を中心に何かをしたい・・そんな話を聞いたのは12月2日の晩だった。
それは結局選手有志主催の物となった。
色んな所から次々に連絡が入ったのが前日の5日。
「1人でも多くの人に来てもらいたい。」
「これが俺達の本当の”結束”です。」
その声に応えたくて・・前日から色々仲間みんなで準備を開始した。会社に連絡して6日の昼から休みももらった。前日の準備中に力を貸してくれた方から聞いた言葉、
「加藤君は生まれたばかりの娘をキッズエスコートに出したいって言ってたんですよ、来年くらいにはギリギリ出せるかなって」
その言葉を聞いた瞬間にキッズエスコートをやる事を決めた。
翌日、昼に1番にかきどまり着。
選手との約束通り、可能な限り張れるダンマクを張る。
時間が経つ毎に選手が観客が集まりだす。
書いたシーツダンマクは「みんなサンクスマッチ 愛こそ全て」。
キッズエスコートをすべく会場の子供に声をかけて回る。同時に会場の観客を全てカウンターで数える。水増しはしない。
武男さん所も由紀彦の所も子供がキッズエスコート参加。加藤もとても小さなリンちゃんをとても大事そうに抱いて笑って並ぶ。
いつもスタジアムでDJをやっている川田金太郎さんも音響設備一式持参で全面協力。
長崎新聞もNIBも全面参加。紅葉に誘われた通りすがりの人も・・みんないる。
多くの選手が参加して行われたゲームだ。
選手が本当に楽しそうにプレイし、観衆が本当に楽しそうに観ていた。
阿部ちゃんと伝の道都大コンビの対決があったと思えば、佐藤陽介がGKをやり梶原は動かない主審やったり・・。試合途中には偶然に銀行業務で立ち寄ったという設定の神様八戸が表れて、武男さんにうながされ、その場で革靴のままプレイ。挙句にゴールを決めて去っていく神様ぶり。宮尾も武男も阿部も久留も洋も全員ゴールを決めると観客に向って走って・・。
試合は5-5の引き分けで終った。その後は観客参加の10分ゲーム。
元気のパスに反応だけしてエア得点を決めパフォーマンスだけ頑張った。明日は筋肉痛で死ぬだろう^^。
その後、皆で写真を撮って竹村のサプライズ誕生日を祝った。
その後は退団選手が挨拶。ラストの武男はマイクを握ると何も言えず・・
「こんなに応援してもらって・・感謝の言葉しかありません。ほんとうに・・ありとうございました」
と言うのが精一杯だった。
そうしてゲームは終ったが・・名残惜しいのか選手も観客もずっと残って話をしていた。
金太郎さんが最後に「私はこれまで色んなV・ファーレンのイベントをやってきたが、こんなにグダグダで、こんなに素晴らしいイベントは初めてです」と言った。普段、ボランティアをやっている男性は「こんな終り方しかないんですかね」と涙声で語った。
ピッチの外の色んな事情があって書けない事が多い。
それがとても残念だ。
ただ、このチームの一体感は周囲が思っている以上の物だった。そして、誰もこんな終わりは望んでいなかった事は記しておく。
最終的にカウントした人の総数は192。
それを多いと取るか少ないと取るかは人それぞれだ。
だが、この192人は皆が思ったはずだ。今日のこの光景が多分、クラブがよく言うサッカー文化の1歩であり、地域密着の形であり、6年に渡って拙いながらも積み上げてきた歴史であり・・目指してきたものだと。
Jリーグの応援をやりたければ、熊本でも福岡でも佐賀でもJRに乗って行けば出来る。
俺がやりたいのは「俺の街のチームでJリーグに行く事」だ。
Jリーグへ行く事がやりたい事じゃない。
俺達の街のチーム抜きにはきっと何も生まれない。
予定時間を大幅にオーバーして試合は終わった。
その後、はち蔵へ行き皆でこの日の動画や写真を見て過ごした。
そんな平日の月曜日。